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広島城の現在が意外なことに・・・歴史と見どころ

先日はリーガロイヤルホテルに泊まったので、帰りに目の前に広島城があったので行ってみました。

 

 

 

1588年に小早川隆景や吉川広家らと上洛した豊臣秀吉の五大老の一人として知られる毛利輝元は、大坂城や聚楽第を訪問した事で、平地に新しい城を作って城下町を繁栄させる必要性を感じ、1589年に広島城を作ったそうです。

 

 

別名は鯉城とも呼ばれ広島カープはここから来ているとか。

 

 

 

名古屋城、岡山城と共に日本三大平城に選ばれているだけあって、敷地もかなり広く大阪城や岡山城などと並んで近世城郭の初期的な城として、国の史跡にも指定されています。

 

 

 

大阪城の築城を設計したあの有名な黒田官兵衛も参加したらしいです。

 

 

 

最終的には1593年に石垣が完成し、その後1599年に5重5階の複合連結式望楼型天守も完成し、広島城は大阪城に匹敵する大規模な城郭となったそうです。

 

 

その後福島正則が入ると「穴太衆」を使って更に広島城を改造し、内堀・中堀・外堀のある更に広大な城となったそう。

 

 

その後広島城主になったのが浅野長政の子・浅野長晟。

 

 

幕末まで浅野家の居城になったみたいで、こうやってみてみると広島城は結構ビッグネームが代々使って来てますね。

 

 

天守閣は昭和6(1931)年に国宝に指定されましたが 原爆によって倒壊したらしいです。

 

 

 

逆に言えば、倒壊したのは残念ですが、 第二次世界大戦まで、焼失せずに残ってたことが すごいですよね

 

 

広島城の現在の天守は、1958年に初代の広島城の天守を外観復元。

 

 

 

今はどっちかというと博物館な感じなので、昔のままを残して欲しかったなあ、という意味ではちょっとだけ残念。

 

 

それでもこれが原寸大か~とかあの時代からこの高さだったのか~とか思うと歴史の凄さを感じて素晴らしいです。

 

 

 

お城を見て、「昔の人はすごいな~」 「お城ってかっこいいな~」と思うのは やっぱり男の感性なんですかねえ(・∀・)